「豊かな音色が広がる」 NO2
2015年10月23日
代表取締役 三浦光仁 |
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「エリック・サティとその時代」展が渋谷の東急文化村ザ・ミュージアムで開催されました。美術館にスピーカーが導入されるのは大変稀なことです。会場に入る前からサティのピアノ曲ジムノぺディが流れてきます。美術館に広がる豊かな音色の出所はどこでしょう。
企画者からこの展示のアイディアを提示されたのは、今から2年前でした。「エリック・サティとその時代」展を展開する際に、サティの音楽を会場全体で流したい!という基本方針に基づく企画です。
展開の順路の各所にエムズシステムスピーカーを設置し、あるところはDVDで、あるところではミニシアターも設え、5.1chでオリジナルのソフトを体感してもらいます。サティのその時代を展示物で俯瞰し、サティの音楽で包み込み、その時代の空気感の中で鑑賞してほしいという思いが込められています。
エムズシステムのスピーカーを使ってサティの音楽をかけています
図書館で本を読むときや美術館で絵を見るとき、博物館で宝物を鑑賞するときなど、私たちはなるべく静かに、心穏やかにその作品と向かい合いたいと考えます。図書館や美術館、博物館を作り、維持する人々は、静謐な空間を作ろうとして、そこに流れる音楽をなかなか認めようとしません。
それは仕方のないことです。今までの指向性の強い音などに晒されたのでは、ゆっくりと読む、見る、鑑賞するという行為の妨げになるだけだからです。
ただし、残念ながら現代の図書館、美術館、そして博物館に静かな空間は存在していません。そこには空調の風切り音をはじめ、加湿器の音や、パソコンの機械音、さまざまなノイズが渦巻いています。
ヒトの聴覚はもの音を探すように出来ています。さまざまな音を止め、取り除き、静かになったとき、部屋の片隅に置いた時計がかなりの音を立てて時を刻んでいることに気づくことがあります。
私たちが生活している空間に無音という環境はあり得ないのです。しかも本当の無音を実現している「無響室」などに入ると10秒としてそこにいることができなくなるくらい不安な状態に陥ります。音が響かず、消えて行く環境は、ヒトとしては耐えられないのです。空気感を和らげるために作られた音楽があります。いまではBGMと呼ばれています。
サティのピアノが好きです。かなりの異端ではありますが、BGMとして流れているピアノ曲として、違和感なくかけ流しできる美しい旋律です。
感情や想いを伝える手段としての音楽もありますが、(かなりの割合だと思います)空調のような音楽も必要で(例えばモーツァルトもたくさんそのような曲を作っています)、そういう意味で、感情の共振を誘発しない、破綻のないメロディは聞いていて心地良いものです。
そんな評価をサティが好むかどうかは分かりませんが「家具のような音楽」みたいにインテリアとして流しておくことを想定していたのであれば、やはりBGMの先駆者と言えるでしょう。
昔、新井満さんがオンフルールを訪ねたように、セーヌ河の河口に位置するこの港町に行った事があります。彼が初めての写真集「オンフルールの少年」を出版するずっと前のことです。エリック・サティの生まれ故郷、ノルマンディの小さな町にこれと言って見るべき物もなく、ただ、古い港とそこに立ち並ぶ、石造りの家並みを眺めるだけで何時間も過ごしました。
カモメの鳴き声と停泊しているヨットに打ち寄せる波の砕ける音が今も耳に残っています。そこからサティの楽曲の何かしらの要素や記憶の断片を掬い取るほどのイマジネーションはありませんでしたが、カフェに入って、シードルを飲みながら、酔いに任せてジムノぺディを口ずさんでみるのは気持ちの良いものでした。
ノルマンディの港町オンフルールからパリ、モンマルトルに出てきて、カフェコンセールの「シャノワール」でピアノを弾きはじめるサティの周りには、当時のアーティストたちが集まり始めます。
サティ展ではロートレックの大きなポスターを眺めながら、ジムノぺディに包まれるという演出がなされています。これこそ鑑賞者が味わいたかった当時のパリの空気感ではないでしょうか。会場にあるスピーカーの特徴の一つは音楽が生まれた瞬間のその空間の空気感をも伝えてくれることです。
会場にはロートレックをはじめとする当時の画家たちの作品も並ぶ
その空気に包まれて、音を心と身体で感じることができるので、いままでとは違った体験になるのです。美術館では鑑賞者がゆっくりと動いています。行きつ戻りつしながら、作品を見ているので、スピーカーで音を流すにしても、対象となるリスニングポジションを想定できません。そのような環境にある美術館でもこのスピーカーは見事にその時代の空気感を構成しています。
企画で意図したその時代の空気感の中での「鑑賞者たちの新しい体験」を実現していると思います。サティが生きたその時代の空気感とともに、作品に向かい合うときの穏やかな環境も体感してみてください。
いまお読み頂いたこの文章の『美術館』という箇所を『店舗』と言い換え、『鑑賞者』と言う言葉を『顧客』として捉えて頂くと、今抱えている空間、環境の課題にそのまま当てはまるのではないでしょうか。
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